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冷静と情熱のあいだを観ながら誰かと映画を観ることについて考える

映画

すごい。10年以上前の映画だ。

先日、病院でエンヤを聴いたときに思い出した『冷静と情熱のあいだ』。

私がこの映画を観たのは中学生のときだから、いま改めて観てみると当時とは全然違う感想を抱くのではないかと思って、借りてきた。

イタリアの美しい景色にベタな恋愛物語が乗ったときに「恋したい・・・!」って思えるような、そんな純粋で単純なひとになりたかった。以上、感想。

 

私の小学校・中学校のときの友人に、ケリー・チャンに似ている子がいて、それを本人に伝えたことがあったんだけど

「そう思う!?よく間違えられるの!!」と言われた。

一瞬の沈黙ののち

「いや、似ているとは思うけど、間違えるほどではねぇよ?」と、つっこんだところそれを境に結構仲良くなった気がする。

ちょっと調子に乗るところがあの子のいいところだと思う。

はたしていまは何をしているのか。(音信不通)

 

『冷静と情熱のあいだ』に限らずすべての映画において言えることなんだけど、やはり映画というのはひとりで観るものだな、と。

『冷静と情熱のあいだ』はひとりで観ようと思ってたのに、寝ていたはずの姉が背後で黙って観始めたときは、ちょっと嫌な予感がしていた。

最後のシーン。一応、詳しくは書かないけど、あの最後のシーンで、姉が

「あーん!」って言ったの。

「あーん泣けるー!」の「あーん!」

私、この映画にどっぷりつかって観ていたわけではない。

途中でストッキング脱いだし、膝の後ろ掻いたりしてた。

でも、映画を楽しもうとする気持ちはあったし「情熱」とまではいかなくとも、「冷静と微熱のあいだ」ぐらいの気持ちは、私のなかにあった。

でも、姉の「あーん!」によって、冷静しかなくなった。

あとは虚無。冷静と虚無しかないなんて。

冷静になってしまったら恋愛映画なんて観てらんないっつーの。