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嫌いであることに慣れないで

日記

職場の人が

「有無」を「ゆうむ」と読むことに

「2桁」を「にけた」と読むことに

「重複」を「じゅうふく」と読むことに

とてもざわざわする。

でも「にけた」はともかくとして、「ゆうむ」「じゅうふく」は正しいらしいですね。でも耳が慣れなくて、ううううう…!となる。

 

それから私は「この漢字を使う」ってこだわりがちょっとあって、映画やテレビは「見る」ではなく「観る」だし、音楽は「聞く」ではなく「聴く」。本来の意味はわりとどうでもいいんだけど。「今」って漢字を使うのはすごく嫌で平仮名表記にしてしまう。仕事でもうっかりそれで提出してしまって漢字に直される。

 

思えば私はいままでこだわりがすごく強かったな。物心が着いた頃から奇数が嫌いだったし、右足から歩き出したら左足で止まらなければ嫌だった。いまだにそれはあるけど、だいぶマシになってきたんじゃないかな。

 

最近よく考えることは、大人になるということは許容できることが増えるということなのかなってこと。例えば『アナと雪の女王』なんかはそう。「観たら負けだ!」と思っていたけど観たら観たで楽しめた。あとはムートンブーツ履いてる女はそれだけでブス!死んでも履かない!って思ってたけど、2足目を買おうとしている。安いうえに暖かいってなんだよ…反則だよ…。

 

最近ずいぶんと丸くなったなーと思うのは「自分はこうでなければならない」という思い込みを取り除いていった結果なのかなと思う。それによってどんどんつまらない人間になっているような気もするけど、それを含めて大人になるってそういうことなんだろう。だから「重複」を「じゅうふく」と読む日も近いのかもわからんね。

 

 

いままでは夢をみるときいつも自分は登場人物の1人だったんだけど、最近はドラマとか映画とか観ているような第三者の目線のことが増えて、とても面白い。これもこだわりがなくなってきた結果なのかもしれない・・・知らんけど。