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たぶん大丈夫

川上未映子の文章が現代文の教科書に載っているらしく、とても羨ましい。
私は高校時代、国語の先生がとても好きだったので、その先生が未映子の文章でどのような授業をするのか気になる。
先生の授業をもう一度受けてみたい。

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ここ最近、いつどこで何をしていても気付けば泣き出しているような日々だった。
バスでも電車でも本屋でもスターバックスでも職場でも、右目と左目、2:1ぐらいの割合でボロボロ涙を流していた。
もう会社を辞めよう、転職しようと思っても、きっと私のような人間はどこも雇ってくれない、誰も私なんかと関わりたくないと思っているというような考えに囚われて、もう地獄のような日々だった。
先日、久しぶりに友人と電話して、翌朝目が覚めると気分が晴れやかだった。泣き出す前の胸のざわざわ感が24時間続いていたのに、それがすっかり取り除かれていた。
友人との電話はただの世間話で、悩み相談をしたわけでもなんでもない。
いい気分転換になったということだろうか。
単純に時間が解決したということだろうか。

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親戚のおばさんから、生前の母の発言を聞いた。
姉のことは、あの子は単純だから何を考えているのか手に取るようにわかって楽だ、と言っていたそうだ。
私のことは、あの子は何を考えているのか全然わからない、小難しく色々考えすぎて生きづらいのではないか、と言っていたそうだ。

これは正直、かなりキツかった。
親にわからないものを他人がわかるわけないのである。
母は私にとって一番の理解者のはずだったし、理解してほしい相手でもあった。
しかしわからなかった。あの人にはわからなかったのだ。

理解してもらうよう努力して言葉にして表現してそれでも理解してもらえない、そんな悲しいことはないから、黙って誤解されたままでいよう、という考えにシフトしてから何年たつかわからない。
ただ、この人はわかってくれる、私を受け入れてくれるとよくわからない自信を持ち、さらけ出してしまうことがまれにある。
あぁ恥ずかしい、みっともないと思いながらも話すことを止められずにいるのに、その相手から「何を考えているのかわからない」「何も話してくれない」なんて言われてしまう。

あの人もそうだったんだな。あれだけ私がおしゃべりしていても、そうだったんだな。

最初は自分がかわいそうで仕方なかったけど、途中からは母がかわいそうでたまらなくなった。
こんな娘を持ってしまって、40代で死んでしまって、あの人の人生ってなんだったんだろうね?

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よく知らない人に話を聞いてもらうことのいやらしさ
そのくせ話し出すと止められなくなる都合の良さ
狭い部屋で解放されたと勘違いする自意識の その お目出たさ

『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』 川上未映子

 

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